2011年2月24日(木曜日)チューサー勉強会2
深堀パパの「ミサ」についてのお話,後半の回に参加させていただきました。今回も10名ほどの参加者がいました。
ミサはおもに「ことばの典礼」(第一朗読から共同祈願まで)と「感謝の典礼」 (奉納から聖体拝領まで)の2つの部分からなっているそうです。今回は「感謝 の典礼」の部分についてお話していただきました。
深堀パパのミサへの思いがあふれるお話で,こちらも気持ちがキラキラしました。
具体的に「そうだったんだ!」と納得したこともたくさん。
例えば,ミサのなかで区切りとなるところに,○○祈願と会衆の「アーメン」が 置かれていること。
感謝の典礼のなかでは,「供え物の準備(奉納)」「感謝の祈り(奉献文)」 「交わりの儀(拝領)」という3つの部分があること(「感謝の祈り」は〈アーメン〉までで,「交わりの儀」は主の祈りから)。
また,司祭が「わたしたちは」と言って祈ることの意味。聖変化って,司祭がホスチアを掲げる一瞬に起こるわけではなく,主の過越の晩餐が記念・再現されて,かつ私たちも「一つの体」「供え物」とさ れることにある,などなど。
こんな話もありました。
聖体拝領は個人とキリストの結びつきだけではなくて,キリストにおいてみんな が一つになること。
だから行列の時に,手を繋いでゾロゾロ行ってもいいくらいですよ。ご聖体をいただいた後も周りを見回して,ともに拝領する人の顔をしっかり見て もいいんですよ。
お話を聞きながら,原始共同体はどんなしとったやろうね〜と思っていました。使徒言行録に書かれている時代,弟子たちは「決まっているからそうする」って いうミサなんかしとらんかったでしょうね。生き生きとしたミサ,捧げたいです♪
Tomoko A.